大学キャンパス内が卒業式で盛り上がっている日に、20kgほどのバックパックを背負って人生初の一人旅に出発した。最初は2時間かけてシアトルへ。そこでバスを乗り換えて、ミネソタ州のミネアポリスへまず向かった。途中2, 3時間おきにトイレ休憩があるものの、40時間続けてバスに乗っていた。腕時計の針を1時間ずつ、2回進めた。途中に通ったモンタナ州はとても広大で、車窓から見る景色は草原と山並みばかり、そんな景色が20時間くらいずっと変わらなかった。アメリカはまだまだ広いんだということを肌で感じた。
ミネアポリスには3日ほど滞在した。泊まったユースホステルでケンさんという日本人ギタリストと知り合った。ちなみに、この一人旅では毎回、新しい街に着くとまず本屋に行き、そこでその街の地図を買い、その地図を見ながらユースホステルを探し歩くという方法を採っていた。宿の予約もせずに海外を一人旅なんて今の自分には考えられないけど、そのときは何の計画もなく気が向いたら次の街に進むという旅だったので、その方が都合がよかった。幸いなことに、どの宿も満室で泊まれない、ということは一度もなかった。
バックパックは重いし、たまに雨も降るし、知らない街で泊まれるかどうかもわからない宿を探し歩くのは結構疲れたけれど、一歩ずつ歩いていれば必ずたどり着けた。歩いていれば必ずたどり着く。つまらない人生訓だけれど、その後の人生にも意外に役に立っている。
ミネアポリスにはミシシッピ川が流れているとケンさんに教えてもらったので一緒に見に行った。広々とした川幅で悠々と流れる雄大なミシシッピ川の姿を想像していたけれど、僕たちが見たミネアポリスのミシシッピ川は狭くて急流だった。それも仕方がない。ミネソタ州は河口から3,000km以上離れた川の上流なのだから。僕が想像していたニューオーリンズにあるミシシッピ川とは少し違っていた。
ミネアポリスのあと、またグレイハウンドに乗りシカゴ経由でナイアガラに向かった。ナイアガラの滝を見てみたかったのと、そこからカナダに入国しようと思ったからだった。ちなみに、グレイハウンドというのは格安バスで、そのため治安はあまりよくない。旅に出る前に知り合ったシアトルに住む日本人女性から「後ろの方に座らない方がいいよ。ナイフとかで恐喝されるかもしれないから」などと言われていた。実際乗ってみると、席はいつも埋まっているので選ぶ余裕はなかったが、恐喝されることはなかった。ただ、社内の雰囲気がいいわけでもなく、快適なバス旅行というわけではなかったが、貧乏学生旅行はだいたいそんなもんだろうと思う。
ミネアポリスからナイアガラまではバスで15時間か20時間くらいだったと思う。ものすごく長いけれど最初に40時間乗っているので短く感じた。ナイアガラに着くとアメリカ側のバス停でおり、そこからは徒歩でカナダに入国した。徒歩で国境を越えたのは僕の人生でまだこのときだけだ。カナダに入国した後、「あ、さっきのATMでお金おろしておこうかな」と気軽にアメリカ側に戻ろうとすると、そこには長蛇の列ができていた。当時はまだ2004年、911から3年しか経っておらず、アメリカへの入国は審査が厳しかった。
ナイアガラの滝は観光スポットだった。カナダ側から見る方が滝の迫力があって見ごたえがあり、そのためかカナダ側の方が街はにぎやかだった。洞窟を通って滝の裏側にまわってみたり、崖を降りて滝の近くまで寄ってみたり、ひと通りのアクティビティには参加してみた。滝の近くまで寄ると、近くといっても離れているのだけど滝からの水しぶきがすごくかかってきた。後ろにいた男性が一緒に来て水しぶきを浴びている女性に「この水しぶきの中にバクテリアは何兆くらいいるんだろうね」と話しかけていて、空気の読めないことを言いたがる男はアメリカにもいるんだなと思った。
ナイアガラの滝は楽しかったが、ほとんどみんな家族連れ、カップル、友だちと来ていたので、一人でいて孤独な感じがした。