英語ライティングの授業を取っていたときに、ジョンというクラスメートが声をかけてくれた。ワシントン州の法律ではお酒は21歳からしか買えないし飲めないので、「日本では20歳からお酒が飲めるのですが、ここでは21歳からしか飲めない。最近やっと21歳になったのでうれしいです。でも一緒に飲む仲間がいません」というような自己紹介を僕はその授業の初回でしていた。するとジョンが一緒に飲もうと誘ってくれたのだ。ジョンは友だちと毎週木曜日の夜にトランプをしながらお酒を飲んでいるという。とりあえずその週に行ってみることにした。
僕はそれから毎週木曜日にジョンたちとトランプをしながらお酒を飲むことになった。大富豪によく似たルールのゲームをしながら、ゲームに負けると酒を飲むシステムだ。お酒はオリンピアという名前の地ビールで、2リットルで1ドルだった。ほぼビールの味はしなくて、炭酸アルコールを飲んでいるような酔うためだけの酒だった。時々女子もいて、彼女たちは1リットルくらいの瓶でスミノフアイスを飲んでいた。僕もそちらを飲みたかった。毎回お酒がまわると誰もゲームのルールを守らなくなり、そうなったらなんとなく散会という感じだった。
大学に行っていたので講義のことも書いておこう。スピーチの授業を取ったときのこと。その授業ではスピーチの書き方や話し方について学んだり、歴史上の有名なスピーチをひとつ選んで実際にやってみたりということをして、最後の講義で自分の言いたいことをスピーチにしてクラスメートの前で発表しようということになっていた。僕はアメリカに来ている留学生という立場から、外国での生活は大変だけど、新しい発見もあるし成長の機会も多いから、チャンスがあれば外国に行こう、という内容のスピーチをした。そのとき、またラッキーなことがひとつ起こった。僕はそのスピーチの中に、アメリカの寮に入った初日はシャワーの使い方がわからずお湯が出なくて、冷水でシャワーを浴びたという失敗談を入れていた。たまたま、当日僕の前に発表した男子クラスメートのスピーチの内容が「冷水シャワーを浴びれば健康になる」というものだった。その彼のスピーチがいいフリになって、僕のスピーチがすごく受けた。英語であんなに笑いを取ったのは初めての経験だった。もしかしたら、僕がアドリブでそれを話したとみんな思ったのかもしれないが、そんな英語力は僕にはない。もっと言えば、発表直前は緊張していたのでひとつ前のスピーチなんて聞いてもいなかった。それでもその偶然のジョークのおかげで僕のスピーチはみんなによく聞いてもらい、外国へ行こうという僕のメッセージが届いたようだった。その最後の講義が終わったあと、そのクラスでいちばん美人だなあと思っていたメアリーがわざわざ僕のところに来てくれて、「来月からメキシコに留学するの。少し不安もあるけどあなたのスピーチを聞いて勇気が出たわ。ありがとう!」と言ってくれた。控えめに言って最高の経験だった。
留学中、自分の部屋にアメリカ全土の地図を貼っていた。アメリカ人と英語で会話するということは、アメリカについての一般的な知識がないとどれだけ英語が得意でも雑談ができない。せめてアメリカにある州と州都の名前とだいたいの位置くらいは覚えておこうと思って貼った地図だった。もうすぐ留学期間も終わるある日、その地図を見ていると、なんだかアメリカ大陸の反対側まで行ってみたくなった。大西洋を見てみたいなと思ったし、アメリカの大きさを肌で感じたいと思った。そこで、大学のカリキュラムが終わる6月から1カ月間、西海岸のワシントン州オリンピアから東海岸のニューヨークまで一人旅をしてみることにした。飛行機だとすぐに着くからつまらない。調べるとアメリカにはグレイハウンドという格安バスの交通網が全国に張り巡らされているようなので、それに乗ることにした。