ここまで小学生の頃のことを書いた。
これから中学生時代のことを書こうと思う。
小学生の頃の僕は、華やかな方だったのかもしれない。マラソン大会で5年生のときに優勝、6年生のときは3位。男子だけで1学年100人くらいいたのかな。十分すぎる成績だと思う。
中学生になると、僕はその流れで陸上部に入った。小学生の頃も一応分かれてはいたけど、陸上部では入部のときに短距離か長距離かを選ぶことになる。僕は相変わらず瘦せっぽちで筋肉らしいものはない生徒だったので、もちろん長距離を選んだ。
そこは2つの小学校の児童が通ってくる中学校だった。同学年で入部したのは男子だけで8人で、そのうちこちらの小学校は6人だった。そのうちユウくんについて書いておきたい。彼とは今でも親交がある。小学5年生のときに同じクラスになって出会った彼はおもしろくて明るい子だった。中学時代は3年生で初めて同じクラスになったけど、陸上部で一緒だったので仲はよかった。彼はたしか3年間で短距離か長距離かの所属を2回くらい変更した。短い距離も長い距離も、どちらでも足は速かった。女子にも男子にも人気者だった。3年生のときに筋トレに目覚めたようで、急に腕が太くなった。
そういえば、その陸上部には将来ある有名女優になる女の子のお姉さんが所属していた。同学年だけど、そのお姉さんは短距離、僕は長距離、ほとんど会話したこともないのでこの話はあまり掘り下げられない。僕が中3のときその女優さんは小6なので、会ったこともない。でも彼女もその中学校の陸上部だったとは聞いたことがある。思い出してみれば、そのお姉さんもたしかに美人だったなと思うくらいである。
なぜか僕は暴力のことばかり思い出してしまう。掲載するかは後で判断するとして、一応書いておく。中1のとき、アミシロくんというクラスメートがいた。彼もおもしろくて明るい子だ。成人式のときに市役所のホール前であったらロン毛になっていて、モデルをしていると言っていた。彼は今どうしているだろう。そんな彼が教室のドア近くの席のときに、数学の時間の終わり際、最後のあいさつで起立、礼をする直前くらいにそのドアを少し開けた。急いでいたのかというとたぶん何も用事はなくて、ただ早く教室の外に出たかっただけだと思う。そういう子だった。それを見た数学のオハラ先生がキレてしまって、彼を殴った。そのあと彼のお腹にヒザを4,5発入れた。僕の右斜め前の席のハシモトさんという女子がびっくりした顔で僕の方を向いた、というシーンを大人になってもよく思い出す。
中学生のときにあった出来事は、あまり思い出したくないことが多いのかもしれない。
中学の陸上部は小学生の頃に比べると練習量も多くなり、自分は走るのが嫌になっていた。「あの頃は好きで走っていたのに、今は走らされている」みたいなことを中学生の頃よく思っていたし、言っていた。そんな気持ちで走って速くなるはずもなく、中学生の陸上部時代でいい思い出はあまりない。1年生のとき、「3年生が2人、2年生が3人、1年生が4人」で出る駅伝大会があった。そのときの長距離1年生は僕を入れて4人(ユウくんはそのとき短距離だった)。大会規程に則るなら、僕はその大会に出ることになる。ただ、僕は記録も遅かったし、顧問の先生たちから見てあまりやる気も感じられなかったのかもしれない。1学年上の男子の先輩たちは短距離・長距離の所属がアンバランスで、短距離1人、長距離は6人くらいだった。「山本を出すよりは、2年生を出そう」となったのだと思う。僕はメンバーから外れて、2年生のマツガミ先輩が出た。大会規程から外れているので、公式記録には残らない。それでもメンバーに入れたくないようなやつが、僕だったのです。
こんな感じで陸上部ではダメダメだった僕は、自分の得意分野に逃げた。その頃の得意分野は勉強だった。