シンガポールから日本を含む国外への配当には、シンガポール国内法により源泉税がかかりません。また、シンガポールは多くの国や地域と租税条約を結んでおり、各国・地域からシンガポールへの配当も源泉税が免除や軽減されています。そのような税制面を考慮してシンガポールに中間持ち株会社を設立し、他の海外子会社株式を保有させるケースも多いと思います。その際に検討が必要な事項として、今回はシンガポールの子会社から配当を受ける場合の「分配可能額」について、考えてみたいと思います。
日本の場合
日本では、仮にその会社にどれだけたくさんの現金があったとしても、配当として分配できるのは原則としてBSに計上されている剰余金の額に限られます(会社法461条)。ここでいう剰余金の額とは、一般にはその会社が事業活動等を経て生み出した利益が蓄積したもの「利益剰余金」(Retained Earnings)と資本取引(増資・減資など)の過程で発生した「資本剰余金」(Capital Surplus)の合計額をいい、この合計額を超える配当は会社法461条により禁止されています。
では、いつの時点の「剰余金の額」を限度とされているのかというと、これは実質的には前期末時点です(臨時計算書類を作成して臨時株主総会の承認を得れば、前期末からその臨時計算書類の基準日までの期間損益も反映することもできます(会社法461条2項2号))。また、その都度株主総会を開けば、一事業年度のうち何度でも配当を行うことができ、さらに、一事業年度のうち一度だけは、取締役会の決議によって中間配当をすることができます(会社法453条、454条)。なお、この中間配当も、上記の臨時株主総会を開く場合を除き、前期末時点の剰余金の額が限度(=分配可能額)となります。
以上が日本で行う配当の分配可能額の概要です。
シンガポールの場合
シンガポール法人の分配可能額について、まず、シンガポール会社法でどのように定められているかを確認したいと思います。シンガポール会社法403条(1)に、以下の記載があります。
No dividend shall be payable to the share-holders of any company except out of profits.
(いかなる配当も利益以外から株主に対して支払うことはできない)
日本の会社法では453条から465条にかけて剰余金の配当について規定されているのに対し、シンガポールの会社法での規定はたったこれだけです。この”profits”が何を指すかについて条文上の規定はなく、実務上は「期末配当については前期末の利益剰余金、中間配当についてはその事業年度の最終の税引後当期純利益」と解釈されています。
なお、期末配当を行わず、毎年中間配当だけ行ってもかまいません。たとえば、以下のような財務数値のシンガポール子会社(12月決算)が8月に配当を行う場合を考えてみます。
前期末利益剰余金 10
税引後当期純利益 80(1月から8月までの累計)
税引後当期純利益 120(1月から12月までの累計(見込))
この場合、配当時点での当期純利益は80しかありませんが、最終的な当期純利益が120になると見込まれていますので、8月時点で120の中間配当を行うことができる、ということになります。ただし、最終的に当期純利益が120に満たず、結果として利益以上の配当をしてしまった場合は違法配当となり、債権者が迷惑をこうむることになりえますので、それを防止するため、違法配当に対しては取締役の責任を問う(罰金や禁錮刑が科されます)こととされております。
まとめ
このように、日本とシンガポールでは配当の分配可能額に対する考え方が大きく異なります。日本では前期末の利益剰余金が事実上の限度となるのに対し、シンガポールでは極端な話、利益剰余金の残高がマイナスでも当期に利益が出ていれば、その当期純利益の範囲内で配当が可能です。日本の実務感覚からは理解しがたい部分ですが、日本の常識が必ずしも海外では常識でないことの好例だと思います。
日本と外国では文化や慣習はもちろん、税制や会社法の規定も異なっていることがあたりまえです。自分の思い込みや常識で判断せずに、ゼロベースでその国の規定を確認することが、海外ビジネスに取り組む上では大変重要です。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。