こんにちは、大阪市城東区の税理士、山本健介です。
今回は、海外出向役員への給与を海外送金する際の源泉所得税の論点について、小説仕立てで解説をしてみます。
プロローグ
「もう一度説明していただけますか」
平静な口ぶりとは対照的に、経理部長の遠藤は内心焦っていた。
GB商事本社2階の小会議室では、二人の男の間に張りつめた空気が漂っている。
3,000万円の追徴課税だって!?
税務調査官の木場は落ち着いて、先ほどの説明を繰り返しはじめた。
「はい、山口さんと丹羽さんは3年前からそれぞれ中国とインドネシアに出向されていますよね。お二人とも給与は年2,000万円。ほぼ全額お住まいの海外に送金されているようですが、送金時に源泉所得税が徴収されておりません」
「待ってください、海外送金時の源泉徴収っていうのは、国内源泉所得に対してするものですよね」
「ご理解のとおりです」
「二人ともこの3年間、ずっと現地で働いていて日本国内での勤務実態はありません。それでも二人の給与は国内源泉所得に該当するということですか?」
木場は少し間をおいて、チラリと自分の腕時計に目をやり、それから遠藤の方を見て言った。
「ご理解のとおりです。遠藤さん、お二人は御社の役員ですよね?」
会議室の時計は、もう午後2時を指そうとしている。
国内源泉所得に該当する給与とは?
海外に配当や利子、使用料を支払う場合、または給与等を支払う場合で、それらが国内源泉所得に該当するときは、それぞれ一定額の源泉所得税を徴収した上で残りの金額を送金することになります。
国内源泉所得が何かについては所得税法161条に定められており、給与についてはその第12項で以下のように定められています。
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所得税法
第161条 この編において「国内源泉所得」とは、次に掲げるものをいう。
十二 次に掲げる給与、報酬又は年金
イ 俸給、給料、賃金、歳費、賞与又はこれらの性質を有する給与その他人的役務の提供に対する報酬のうち、国内において行う勤務その他の人的役務の提供(内国法人の役員として国外において行う勤務その他の政令で定める人的役務の提供を含む。)に基因するもの
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つまり、原則としては「国内において行う勤務(中略)に基因」して支払われるものであり、海外勤務の対価として支払われる給与は国内源泉所得に該当しません。
ただし、例外があります。カッコ内を見てください。
「内国法人の役員として国外において行う勤務(中略)を含む」とされており、役員は除かれています。
役員はその勤務する場所を問わず、その日本法人のために働いていると考えられているため、国外勤務に基因する役員報酬も国内源泉所得に含まれることになります。
遠藤の反論
GB商事は創業者の藤本が一代で築き上げたこの地方を代表する化学系の専門商社だ。
藤本が引退して相談役に退いたあと、会社は次のステージに入っており、山口と丹羽はそれぞれ中国とインドネシアでの事業起ち上げの経験を買われて海外赴任前提で入社した取締役だ。
「たしかにおっしゃるとおり、二人は弊社の役員です。ただしそれでも、二人の給与は国内源泉所得にはあたらないと考えています」
遠藤のはっきりとした口調に、おや、といった様子で木場は顔をあげて遠藤を見た。
「と、言いますと……」
「中国もインドネシアも、現地の法規制で外国法人は支店を設立できないため最初から法人を設立しました。しかしながら、現在もこれら子会社の役割は弊社の支店と変わりありません」
「……なるほど」
「支店と考えれば、山口と丹羽は現地の支店長、つまり役員ではなく使用人になりますので、その給与は国内源泉所得に該当しないと考えていますが、どうでしょうか」
「……」
押し黙る木場を見つめながら、遠藤はさらに続けた。
「所得税基本通達にその旨の記載がありましたよね」
海外出向役員給与が国内源泉所得に該当しない場合
もう一度、先ほどの所得税法161条12項を見てみましょう。
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所得税法
第161条 この編において「国内源泉所得」とは、次に掲げるものをいう。
十二 次に掲げる給与、報酬又は年金
イ 俸給、給料、賃金、歳費、賞与又はこれらの性質を有する給与その他人的役務の提供に対する報酬のうち、国内において行う勤務その他の人的役務の提供(内国法人の役員として国外において行う勤務その他の政令で定める人的役務の提供を含む。)に基因するもの
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この「政令で定める人的役務の提供」とは何を指しているのでしょうか。
これを確認するため、実際にその政令(所得税法施行令285条)を読んでみましょう。
(ちなみに、所得税法において「政令」とは所得税法施行令を指します。また、「財務省令で定める……」とあれば所得税法施行規則を確認してください)
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所得税法施行令
第285条 法第百六十一条第一項第十二号イ(国内源泉所得)に規定する政令で定める人的役務の提供は、次に掲げる勤務その他の人的役務の提供とする。
一 内国法人の役員としての勤務で国外において行うもの(当該役員としての勤務を行う者が同時にその内国法人の使用人として常時勤務を行う場合の当該役員としての勤務を除く。)
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このカッコ内の記載が重要です。「当該」は「その」と訳して読んでいただければよいので、つまりその役員が同時に使用人としても勤務している場合には、その役員に支払われる給与は国内源泉所得に該当しないということになります。
そしてこの「内国法人の使用人として常時勤務を行う場合」については、所得税基本通達に解説があります。
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所得税基本通達
161-42 令第285条第1項第1号かっこ内に規定する「内国法人の使用人として常時勤務を行なう場合」とは、内国法人の役員が内国法人の海外にある支店の長として常時その支店に勤務するような場合をいい、例えば、非居住者である内国法人の役員が、その内国法人の非常勤役員として海外において情報の提供、商取引の側面的援助等を行っているにすぎない場合は、これに該当しないことに留意する。
161-43 内国法人の役員が国外にあるその法人の子会社に常時勤務する場合において、次に掲げる要件のいずれをも備えているときは、その者の勤務は、令第285条第1項第1号かっこ内に規定する内国法人の役員としての勤務に該当するものとする。
(1) その子会社の設置が現地の特殊事情に基づくものであって、その子会社の実態が内国法人の支店、出張所と異ならないものであること。
(2) その役員の子会社における勤務が内国法人の命令に基づくものであって、その内国法人の使用人としての勤務であると認められること。
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例えば中国やインドネシアは、金融機関などを除いて外国法人の支店設立が現地法令上認められていません。上記通達161-43はそのような外国にある子会社を念頭に置いて定められているものと考えられます。
海外出向役員の勤務実態がこの通達161-43に定められている2つの要件に該当すると認められる場合には、その給与は国内源泉所得に該当しないと考えられます。
エピローグ
結局、GB商事は3,000万円の追徴課税を支払うこととなった。
二人の役員の給与水準が従業員と比較して高いこと、そして中国とインドネシア子会社の事業規模、内容などの実態を考慮して、二人の勤務実態が使用人としてのものであるとは認められなかったからだ。
2,000万円の送金額に対して源泉所得税率は20.42%、つまり給与総額は一人あたり約2,500万円(=2,000万円/(1-20.42%))と認定され、一人あたり年約500万円の源泉徴収もれが指摘された。2名で3年分なので約500万円×2名×3年=約3,000万円である。さらに国税通則法67条の不納付加算税10%が課されて合計3,300万円となった。
これはGB商事にとっても遠藤にとっても高い授業料となった。特に、順調に出世の道を歩んできた遠藤にとって、この失点は痛い。
「もう一度気を引き締めて税務を学び直さないといけないな……」
だが、このとき遠藤はまだ気がついていなかった。
調査官の木場が、新たな追徴課税につながる指摘の準備を進めていることを……。
(to be continued)
まとめ
以上、今回は海外出向役員への給与支払いに係る源泉所得税について、小説仕立てで解説をしてみましたが、いかがでしたでしょうか?(少しはわかりやすくなっているとよいのですが。。)
今回登場した役員は二人とも海外出向前提で採用されており、生活の本拠が日本ではなく現地にあるため、その給与を全額海外送金しているという設定で書きました。
ただ現実的には、家族を日本に残して単身赴任で海外駐在するケースも多いと思います。その場合は全額海外送金ではなく、相当部分はその役員の日本の銀行口座に支払われるでしょう。また、給与の一部を現地法人が現地払いしているケースも多いと思います。
そういった場合には、海外送金額がそこまで大きな金額にはならないため、ここまで大きな追徴課税にはならないと考えられます(源泉所得税額はあくまで海外への支払額に税率を乗じて計算されます)。
それでも、この論点が争点となって源泉所得税調査で否認されるケースが実際にあるということは、覚えておいても損はないのかなと思います。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。